管理人からの御挨拶
私とV6との馴れ初め、自己紹介など

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自己紹介


名前 りも (由来:「まりも → りも」  でも「まりも」も本名ではない)
誕生日 8月25日 ・ 乙女座のA型 (しかし人にはB型と言われる)
職業 プログラマ (※ 過去形)
好きなもの V6・映画・車の運転・旅行・肉・本・サル・犬・嗜好品
苦手なもの ハイテンションすぎる人と場の空気が読めない人・虫・早起き・わさび・杉花粉
特徴 事によっては非常にマメ。でも少しでも関心がなければどうでもいい。
笑い上戸で泣き上戸。
弱りやすい。
明日は明日の風が吹く、みたいな・・。
V6は 剛ちゃんにゾッコン命(ラヴ)。でも6人とも愛してるのー

 



V6と私

私が初めてジャニーズに開眼したのはそう、さかのぼりまくって10年ほど前。
老いも若きも夢中になった(かは知らない)光GENJIだった。
当時小学生だった私は、もらっていた小遣い全てを彼らの為に費やした。
毎月出る雑誌(POTATO、Duet (あの頃はまだ小さいサイズだった)、明星 (Myojoではない) )、
そしてこれでもかこれでもか買いやがれとばかりに次々にリリースされるシングルやらビデオたち。
OLになった今でさえ泣けるくらいビンボーだっていうのに、
当時小学生だった子が欲しいモノを全て我慢して光GENJI様に貢いでいたのだ。
何という一途さ。素晴らしい。
しかし彗星のように現れて私の心をさらっていった彼らだったが、
『地球を探して』でハタを振り始めた時点で「何か違う。」と感じ始め、あっという間に熱は冷めた。
そして私の第一次ジャニーズ人生は幕を閉じる。
早かった。この期間1年くらい。
若ければ若いほど、熱中する分切り替えも早い。
これで金と時間をばかりを大量に消耗するジャニーズ人生とはおさらばしたつもりだった。
だがしかし。


そして時は過ぎまくり、1995年。
V6誕生
ハッキリ言って、この当初は全っっ然興味なかった。
V6 = コートの上で踊る人々っていうくらいは知ってたけど。

私の心を奪ったニクい男(ヒト)、森田剛さんを初めてナマで見たのは1997年の10月某日だった。
それはまだ、Vのファンになる前のこと。
たまたま行ったテレビ局に彼はいた。ヅラを付けて。
初めて見る彼の印象は
「・・・小っちゃいなァ。」
という、「一般人が誰もが思うであろう、対・森田剛」な感想だけだった。

でも、それから何となく気になって、テレビでちょくちょく見たりするようになる私。
ちょうど「学校へ行こう!」が始まった時期だったし、
「ブイシックスねー。へー、バラエティーもやるんだー。」くらいの気持ちで見てたんだけど。

本格的にもうダメだ、やられちゃったわーと実感したのはその直後だね。Mステ。
「おお、理想的な腹筋発見ー!!」と感動したあの瞬間を私は忘れない。
私のハートにメガトンパンチ。

もともと私の理想は(聞いてない?)、

「ワイルドで近寄り難くって、でも笑うとかわいくって優しくって、筋肉質で腹筋が割れてるヒト(ウフ)。」

と、昔から言い続け周囲からはそんな奴いねーよと冷たくあしらわれていたのでした。
でも。でもでも。否。

いたのです、ここにー!!

はじめは腹筋から入ったものの、一旦ハマれば後は早い。
踊ってるところも、
うひゃうひゃ言ってるところも、
八重歯も、
ホクロも、
素直なところも、
意地っ張りなところも、
照れ屋なところも、
理論的じゃないところも、

なんだか分からないけど全部好きなのさ。

そんな訳で、好きになればとことん極めたくなるのが人情ってものです。
蘇る熱い血。第二次ジャニーズ人生の幕開け。
それ以後現在まで、Vのためなら一直線な人生を送ってきてしまいました。
そしてその熱はとどまるどころかヒートアップする一方。


そして、なぜホームページを作ろうと思ったか。
それは「愛の記録を残したかったから。」
結構飽きっぽい私。
好きなタレントなんてできてもすぐに冷めることが多いし。
でも。今回は違うぞ。V6は。
どれだけ見ても飽きないし。
飽きるどころか、どんどん深みにハマってゆくばかり。
それは、やはりこの6人だからだと思う。
剛つんがイチオシの私だけど、他の5人もこよなく愛しているから。

なお、このホームページ上では結構(かなり)(とても)キツイ表現(暴言)がしばしば出てきます。
が、それもひとえにV6に対する ゆえのものでございます。
なので、笑ってお許しくださいませ。
それでもダメだーという方は見ないことをオススメします。


このHPは私が綴る、Vへの熱い思いの丈を述べる場所。

 


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